
- 作者:田中 雅子
- 発売日: 2016/09/24
- メディア: 単行本
つまり経営理念は企業経営の一大トピックである。
ところで、世界的にはGoogleもシリコンバレーの有力ベンチャーも「自分たちの会社かくあるべし」と理念を押し出し、理念経営を標榜している。翻って日本企業を観ていると、伝統的な大企業は社訓唱和だの理念唱和だのを結構やっている。が、社訓唱和や理念唱和は古臭いイメージが強く、何となく生産性が低いというイメージもある。理念経営を標榜する企業には古いイメージと新しいイメージの双方が複雑にまとわりついている。
もちろん教科書的には理念は重要だというのはわたしにも十分わかっている。しかし実際問題、本当の意味で経営理念とは何なのか、役立つのか、というのがわたしの問題意識である。
この手の「論文ベースです」という本は、良くも悪くも構成がカッチリしている。本書でも「経営理念の機能・効果」がきちんとまとめられていて、参考になるので、引用しておく。
- 企業内統合の原理
- 成員統合機能
- バックボーン機能(コントロール機能)
- 一体感を醸成する機能(コミットメント機能)
- 動機づけ機能(モチベーション機能)
- 社会的適応の原理
- 正当化機能
- 環境適合機能
読み慣れていない方は「なんじゃこら」と思うかもしれない。要するに、経営理念と呼ばれるものは、社内的には「社員の考え方や行動のコントロール」「組織の一体感の醸成」「社員のヤル気の喚起」という3つの機能があり、対外的には「我々はこんなに良い考えの会社なので商売しますよ」と自社活動を正当化する機能と、「我々は社会的責任をこのように果たします」と自社の存続意義を示す機能の2つがある、と書いてある。
と言っても、あらゆる会社のあらゆる経営理念がこの機能を全て有しているわけでは当然なく、理念の文言によって偏りは当然発生する。また、理念の文言があるからと言って、必ずしも従業員が理念を理解・賛同・体現しているわけではないのも当然のことだ。本書はこれを踏まえ、以下3点を明らかにしようとしている。
- 経営者から若手に至るまで、各層における個人が「理念を理解する」プロセスを明らかにし、モデル構築を行う
- 組織に「理念を浸透させる」施策や考え方を明らかにする
- 「経営理念の浸透レベル」の精緻化を図る
10年間に渡って個別企業に深く入り込む研究だったそうだが、当初の対象は10社だったが色々あった結果、調査対象は2社(厳密には1社)になったそうだ。ただ著者なりに苦心してモデル化をしているので、1と2はけっこう役に立つような気がする。3は、細かく場合分けはしていたが、正直あまりピンと来なかった。調査の社数が少ないから、施策の広がりがないのだと思う。
1. 個人の経営理念浸透プロセスについて
本書のp.110にきちんとした図(図表5-5)があるが、図の引用は難しい(というか面倒くさい)ので、ここでは図の説明の文章を一部引用しておく。
若手のときは、観察、相互作用、経験あ等しく重要であるが、とりわけそれらのなかに、理念の意味とシンボルの適合を見い出すことができるかが、理念浸透の理解の鍵を握っている。
管理者になると、転機となる経験とその学びを中心に理念の理解が深化し、役員では経営者との議論、観察が理念の理解を定着化させる。そして経営者になっても創業者(会長)との相互作用や観察は意味を持ち、公に理念について語り、マネジメントを行うなか、経営者と理念が少しずつ一体化していく。
また、在籍年数を追うごとに、理念の意味の統一を見ることができたことを付記したい。A社の事例で言えば、「おもしろおかしく」を経営者、役員、管理者は「チャレンジ・エキサイティング」「オープンアンドフェア」ととらえていたが、若手の場合は「モチベーション」「協力的な姿勢」「努力・向上」というように、それぞれの意味を理念に見い出していた。しかし、若手のなかでも中堅に近づき、部門・職務ミッションの解釈が進んでいると見受けられた成員は、理念のなかに「チャレンジ・エキサイティング」を見い出していた。このことから、時間の経過とともに、統一的意味に収束されていくことがうかがえる。とするならば、若手の頃に理念に見い出していた意味は、その統一的意味を達成するためのアプローチという役割を果たしていると言えるのかもしれない。
わたしなりの理解ですごーく簡単・乱暴に書くと、字面だけを追っても、つまりとりあえず朝礼の場で若手に理念唱和をさせたところで、経営理念は大して浸透しない。そして理念浸透には一定の時間が必要だ。理由は2つあり、ひとつは仕事をしながら上司や同僚を観察したり、理念の意味を解釈したり、疑問を抱いたり、もっと言うと働く中でより理念を体現した上司や同僚からの判断・評価・議論を何十回・何百回と経験することで価値観が統一化されていく、ということ。もうひとつは、未熟なときには見えないものが、成長してまた組織的にも上の立場に立つことで見えてくるようになる、ということである。
特に後者は、わたしがいわゆるミドルマネジメントとして働く中で強く感じることである。若手時代は、狭くて未熟な視野と狭くて低精度の情報で「アレはああだ、コイツはこうだ」とわたしも言っていたし、それが圧倒的に正しいと思っていた。それは「狭くて未熟な視野」と「狭くて低精度の情報」という前提条件の下では正しいのかもしれない。しかし成長を積めば、その考えはわたし自身かなり変わっていった。
2. 経営理念の浸透レベル
著者は調査の結果、理念浸透は認識 - 解釈 - 理解 - 納得 - 前提 - 信念という6段階(より詳細には14段階)でモデル化されると整理している。こちらも引用しておく。
- 経営理念を認識している段階
- 理念の文言を知っている
- 理念の文言を覚えている
- 経営理念を主観的に解釈できる段階
- 理念を象徴するような具体例やモデルを知っている
- 理念を自分なりに解釈できる
- 理念に基づく行動とはどのようなものかを考えることができる
- 経営理念を客観的に理解できる段階
- 理念を感じる経験をしたことがある
- 理念を組織に沿った視点で理解できる
- 理念を行動に反映させることができる
- 経営理念が納得できる段階
- 転機となる経験をしたことがある
- 理念が腑に落ちる
- 理念を自分の言葉で説明できる
- 経営理念が前提になる段階
- 理念が行動の前提になる
- 理念にこだわる
- 経営理念が信念になる段階
- 理念を信じて疑わない
3. 経営理念を浸透させる仕組み・考え方
①コミュニケーション・言い伝え と ②仕組みづくり の2つであると。
これは前半で書いたとおり、調査対象の社数が少ないから、施策の広がりがないのだと思う。
まあこれだけだと正直「わかっとるわ」なので、最後に著者の考察を少しだけ引用しておきたい。
経営者は理念を熱く語ることが役割であり、多くの若手がそれを肯定的にとらえていた。これは経営者がシンボルであることを再確認できる結果であった。シンボルが語る理念だからこそ説得力があり、イベント等でも、そのシンボルに目線を合わせた声がけをしてもらえるからこそ、心が動くのである。
それに対し、管理者は懸命に働く姿を見せたり、部下が困っているときに、社内のネットワークを存分に使いながら、さまざまな手を打つことである。先行研究では、管理者も理念を繰り返し語ることの必要性が主張されていたが、本調査では、若手は管理者に理念にまつわる語りは求めていなかった。しかし、語らずとも、コミュニケーションをとりながら、後ろ姿を見せることで、部下の理念の理解が進むとするならば、これは部下の「察する能力」や「観察学習」に期待することができる。いかにも日本人らしい理念浸透施策と言えるような気がする。