坂井豊貴『「決め方」の経済学』

数理経済学の考え方などを素にした、より妥当な「決め方(投票方法)」の考え方を一般向けに書いた本である。著者はこの方面の専門家で、以前にも『多数決を疑う 社会的選択理論とは何か』という本を読んで面白かったのでこちらを副読書として最初に挙げておく。

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ここから本題だが、今の政治における投票は、ごく一般的な小選挙区制における多数決投票しかしていない。しかしこの「ごく一般的」というのが少々問題で、小選挙区では1位しか当選しないから死に票が多いとか、票が割れるとか、アンチがどうだの何だので、「ごく一般的」な多数決投票が本当に民意を十分に反映しているかどうかは微妙なのである。ただ、元々中選挙区制だったのを小選挙区比例代表並立制に変えたということは、中選挙区制にも一定の問題があったからであり、中選挙区制に戻せば万事解決するというほど単純な問題ではない。そして決め方というのは皆の認識以上に重要である。例えばフツーの多数決での投票と、自民党などの党首を決める場合に用いられている決選投票付きの投票と、1位から3位まで順位をつけるような投票では、最終的な勝者が全て違っていたりもするのである。

本書では、大きく以下の「投票形式」について説明がある。

  1. 多数決:ごく一般的な多数決、衆院選や参院選での投票もこれ
  2. 決選投票付き多数決:過半数を獲得していない場合に決選投票を行う多数決
  3. ボルダルール:1位、2位、3位と複数選び、順位ごとに点数をつける投票形式
  4. 一騎打ち:総当りで優劣をつける(4人時、A対B、A対C、A対D、B対C、B対D、C対Dで投票)
  5. 是認投票:全投票者それぞれ絶対評価で「認める、認めない」で選ぶ投票形式
  6. マジョリティー・ジャッジメント:5段階評価など、投票者ごとの絶対評価の投票結果の真ん中(中央値か)を採用
  7. ランダム独裁制:ランダムに選ばれた人が権限を持つ投票形式

基本的には、多数決は民意を正しく反映しているとは言い難いというのが著者の、あるいはこの手の研究者の総論だと言えよう。そもそも1人だけ/ひとつだけを選ぶというのが適切な投票なのか、これで選ばれたものが本当に民意なのかと考えると、実際には余計な(良い言葉で表現すると戦術的な)行動を取る人間が出てくる。例えば、本当は社民党を支持しているが、どうせ社民党は当選しないから民主党に投票するケース。あるいは、本当は社民党を支持しているが、野党共闘で社民党候補者は立候補がなく、自民党と共産党と泡沫候補しか選択肢がなく、アンチ自民なので仕方なく希望とかけ離れた共産党に投票するケース。

はてなやTwitterなんかを見ると、自民党憎しの精神からこの手の戦術的な行動を取る人間がしたり顔で出てきて、うんざりさせられる。わたしは特に前者のような人間が嫌いだし、後者のような限られた選択肢しか作れない野党もクズだと思う。まあ小選挙区制という死に票の多い投票制度に問題があるわけだが、それなら本気で投票制度を変えようという議論が真剣に巻き起こっているかと問われると、そんなことは全然ないのである。でも与党ならともかく、野党から本気で(本気でというのは、日々選挙情報を集めるほど政治に期待していないわたしのような一般ピーポーに対しても伝わるレベルで)選挙制度の変革を訴えている節が見られないのは、非常に残念だなと思う。政治家は与党も野党も、「今」の投票形式で選ばれた雑魚共であり、日本の変革よりも自身の延命の方が重要なのだ。

話を戻そう。単純に「1人/ひとつ」に投票させるというのは乱暴すぎて、投票者の考える様々な実態を反映するのは難しい。よって、本書を読む限り、まずは、投票対象の相対評価を精緻にしたボルダルールが改革案の最優先になると思う。そもそも通常の多数決も、1位に1点、2位以下は全て0点という極端なボルダルールと考えることができる。しかし極端すぎて民意が十分に選挙結果に反映されないのである。なお、著者は、絶対評価を推し進めたマジョリティー・ジャッジメントも有効な投票形式として挙げている。ただボルダルールもマジョリティー・ジャッジメントもまだ一長一短だし、配点や評価スケールによって投票結果が大きく変わるためそこも慎重にしなければならない。

しかしいずれにせよ、今の素朴で未熟な多数決方式が良いかと問われると、そうじゃないのは全くその通りだと思う。