瀬口晴義『オウム真理教 偽りの救済』

東京新聞社会部のベテラン記者がオウム事件を総括した本……とのことだが、率直に言って冒頭から凄く違和感がある。

まず、麻原彰晃以外の地下鉄サリン事件などの実行犯に対して、それも特に一部の実行犯に対して極めてウェットな目線を向けている。取材を通して同情、もっと言えば同質化している。また、オウムや日本社会を総括して色々と書いているのだが、これがまた凄く薄っぺらい。

地下鉄サリン事件後の一時期、テレビのワイドショーは教団幹部を生出演させ、彼らの言い分を裏も取らずに垂れ流した。視聴率が取れたからだ。

どの口で言うんだとわたしは思う。

新聞だって同じだろう。

まるでテレビのワイドショーだけが視聴率目当てに報道して、新聞はそうでないかのような口ぶりだ。

わたしに言わせれば新聞も「マスゴミ」だ。その俯瞰した視点も無いまま、何を自分を高みに置いて発言しているのだろうと非常に不愉快になった。

他にも、冒頭だけで、こんな記述がある。

ニュースはインターネットのニュースサイトで見る人が多くなった。広告料を得るために、多くのページビューが稼げるスポーツや芸能の話題が上位に来て、国家権力の監視など本当に重要なニュースは隅に追いやられている。
 SNSなどでは、荒唐無稽としか思えないフェイクニュースが真実であるかのように飛び交う。
(略)政府に異を唱えると、政府を支持する者たちからネット上で激しい攻撃を受けることは日常茶飯事だ。

わたしは別に自民党を支持していないが、仮に政府を支持しても、政府を支持しない者たちからネット上で激しい攻撃を日常的に受けているのが事実。

権力の監視? 書きぶりからすぐわかったが、権力を監視したいのではなく、単に自民党が嫌いなだけである。オウム真理教の本を書く段になっても、「東京新聞」という立場からのポジショントークから逃れられない。今回、一連のオウム事件を包括的に振り返りたかったので最後まで読んだが、著者のスタンスや政治信条に対する違和感・嫌悪感は正直、最後まで消えなかった。他にもっと良い本があれば、そちらを読みたい。

ただ本編が始まると、その内容自体は面白かった。

特に興味深かったのは、オウム真理教(その全身のオウム神仙の会やオウムの後継団体のアレフを含む)の信者たちは「神秘体験」にこだわっているということだ。修業、より正確には修行の過程で飲食や睡眠を制限して肉体的にハードな負荷をかけることで、光を見たり、セックスの数十倍の快感を得たり、神々しい感情に包まれたりする、本人にしかわからない特異体験が起こることがある。

ポイントは2点あり、一点目は、ここで神秘体験とされているものは極論すれば「生理現象」のようなもので、飲食や睡眠を制限して肉体にストレスをハードにかけていけば誰でも起こる可能性のあるものだという点だ。しかも地下鉄サリン事件の前に大量に出家信者を受け入れた際は、修行ですらなく、LSDを使って神秘体験を起こしていたそうだ。つまり脳内麻薬である。ランナーズハイや、仕事しまくっているときや勉強で集中しまくっている時に出る脳汁と同じである。そして二点目は、本来こうした「神秘体験」と「教義や麻原彰晃の正当性・神秘性」を結びつけるには論理的に飛躍があるはずなのに、その体験が強烈なあまり、皆それを結びつけて精神的に帰依してしまうということだ。極論すれば、LSDで受けたトリップ体験を、宗教的なものだと思い込まされているということだ。

もうひとつ、巻末についていた、2018年7月に死刑が執行された12名の麻原の高弟(岡崎一明、広瀬健一、早川紀代秀、林泰男、新実智光、中川智正、土谷正美、遠藤誠一、豊田亨、横山真人、端本悟、井上嘉浩)についての記事も良かった。どのような心境で罪を犯し、逮捕後どのような振る舞いをしてきたか、1人ずつ丁寧に書かれている。12人の中には広瀬・早川・林・中川・土谷・井上など印象深い人間もいれば、全く記憶のない人間もいる。しかしいずれにせよ、わたしにとっては、死刑囚となったこの12人と、テレビカメラの前で殺害された村井秀夫、そして上祐史浩を含めた14名が、オウムの高弟という印象だ。

その14人のうち上祐史浩は事件の中心から外れていたため今も生きているが、街録chでの彼のインタビューは良かった。


www.youtube.com


www.youtube.com