伊藤雄馬『ムラブリ 文字も暦も持たない狩猟採取民から言語学者が教わったこと』

文字も暦も持たないムラブリという狩猟採集民の言語を研究している言語学者の半自伝的エッセイ。非常に興味深い本で、近代の日本社会や西欧社会が当然だと思っていることがごく一部の文化的規範に過ぎないことが、本書を読むとよくわかる。

例えば、ムラブリでは誰かを批判することがほとんど無いし、強い要求をすることもない。それどころか「おはようございます」「こんにちは」といった挨拶の言葉もない。もちろん挨拶に相当するやり取りは行われて、それは「ご飯食べた?」とか「どこに行くの?」といった声がけである。ただしこれはただの儀礼的な声がけなので、本当のことを答える必要はないし、皆しばしば嘘の回答をする。そしてそれが悪いことだとも思われていない。