国分峰樹『替えがきかない人材になるための専門性の身につけ方』

  1. すぐに役立ちそうな知識(使えそうな知識)を吸収しようとする
  2. 年収をアップさせるために勉強する
  3. 過去の実績や経験に価値を置いている
  4. 仕事に直結する専門分野しか目に入らない

この4つは、著者が考える「専門性がなかなか身につかない理由」である。言わんとすることはわかる。要するに、安易な学びからは安易な結果しか得られないということなのだろう。一方で、「専門性を身につける」ためのスキルや方法論というものは存在し、型化されていると著者は説く。

それを解明するために本書が書かれているのだが、著者が最も強調しているのは「専門性とは、専門知識のインプットではなく、専門知識のアウトプットである」という主張だ。専門知識を知っているだけでは、ChatGPTが一瞬で世の中の常識を変えてしまうような時代において価値を創出することはできないからである。言い換えると、「どうすれば専門知識を効率的に得ることができるか?」といった消費者目線ではなく、「どうすれば専門知識を生み出すことができるか?」という生産者目線で捉えることが重要で、すなわちその答えは「勉強」ではなく「研究」にあると著者は説く。

その後「どうすれば専門知識を生み出すことができるか?」という議論に入ってくれれば良かったのだが、また横滑りして「知識とは何か」みたいな話を延々と続けているため、その後の著者の論理展開は若干わたしの興味から離れてしまう……とメモをしながら読んでいたのだが、いざ読んでいくと、わたしが長年もやっと感じていたことを言語化してくれていて、非常に助かった。

専門知識とは情報を構造化・体系化したものである云々という話それ自体は「ふーん」なのだが、なぜ体系的な知識が有益であるかというのは、感覚ではわかっていてもこれまでは正直あまりうまく言語化できていなかった。それに対する著者の答えは明確で、自身が物事を構造的に捉えることが出来ていると、必要に応じてそれらを自分なりに組み上げたり組み替えたりできるという点である。例えば有斐閣から出版されているマーケティング戦略の本を見比べてみると、同じマーケティング戦略の専門知識を体系化した本でも、その構造の組み立て方が異なっている、そしてそれぞれの著者に「これとは違った形で体系化してもらえませんか?」とお願いすれば、おそらくまた違った構造を作ることができるはずだそしてそれができるのはマーケティング戦略に関する知識と知識の関連性をしっかり理解できているからだと著者は説く。この指摘の何が重要かという点を掘り下げれば、ネット検索で得られる「断片的な情報」のメリデメという話に繋がる。これは専門知識の「構造的な知識」と対極にあるものだ。キーワードベースで瞬時に検索して調べたい情報を得ることはできるが、幹と枝、あるいは幹と幹、枝と枝の関係性を曖昧にしてしまう。わからなくても情報を得てしまう。わたし自身が、最近流行っている10分やそこらの長さに切り刻まれた動画で気軽にわかった気になる勉強法が(その有用性を十分に認めつつも)あまり個人的にピンと来ず、未だに本による情報収集や勉強を続けているのも、これが理由なのだなと頭がスッキリした。

ただ――結局のところ肝心の「替えがきかない人材になるための専門性の身につけ方」というのが本書を読んでもよくわからない。要するに「正解はない」ということである。道なき道(未知)を往けということである。わかるんだけど、それなら本書を読むまでもないと思う人も多いような気がする。仕方ないので一応わたしなりの考えをまとめていくが、「専門性、すなわち専門分野をどのように定義し、どのように生産するか?」という話で行くと、ベタだが、以前どこかの本などで見聞きした「異能の掛け合わせ」に尽きる気がする。例えば「AI」の専門家や「リスク管理」の専門家は世の中に大量にいるが、AI×リスク管理、すなわち「AIに係るリスクの専門家」や「リスク管理にAIを活用できる専門家」は減ってくる。さらにここにHRMの知見を足してAI×リスク管理×組織人事管理と定義すると、この領域の専門家は更に減るだろう。打ち出し方は色々あるだろうが、例えば「労務や人間の感情に根ざしたリスク管理をAIでスピーディーに予測・分析できる専門家」などである。あとは、概念や領域のチャンクアップ/チャンクダウンと、領域ずらしの思考実験の繰り返し。まあこれも「正解はない」の言い換えに過ぎないような気もする。

最後に気になった本をメモ。読了済だが再読したい本を含む。

  • 内田義彦『読書と社会科学』
  • 小林康夫+船曳建夫『知の技法』
  • 伊丹敬之『創造的論文の書き方』
  • 苅谷剛彦『知的複眼思考法』
  • 戸田山和久『論文の書き方』
  • 吉見俊哉『知的創造の条件』
  • 野中郁次郎『知識創造企業』
  • 越智啓太『すばらしきアカデミックワールド オモシロ論文ではじめる心理学研究』