岩田雪花+青木裕『株式会社マジルミエ』6巻

本作は「魔法少女」が職業、「魔法」がエンジニアリングだという設定のパラレルワールドを舞台としたお仕事漫画だ。ファンタジーなのにお仕事漫画という異色の漫画なのだが、この異色さが、お仕事漫画をメタ的に捉える良いきっかけになるなーと思う。

そもそもお仕事漫画はイマドキ・・・・の意識高い系の世界ではないことが多い。

情熱に溢れた人間が労働基準法を無視して働いたり、部下のプライベートな問題を解決したり、上司が越権行為や例外措置で自分を助けてくれたり、他ならぬ主人公が社内のルールや品質管理プロセスや石頭の上司の指示を無視して動いたり……。

背景にあるのは、以下3点だろうか。

  1. 会社で働く同僚は(概ね)敵ではなく味方、さらには仲間であり家族であるという共同体意識
  2. 仕事にはスペシャリティが重要で、そうした人間は代替が効かないという、歯車思考の真逆(何と形容すれば良いのだろう)
  3. 定時退社よりも、仕事に全力投球して顧客や社会に爪痕を残すことは良いことだという価値観

何というか……昭和の価値観だなーとは思う。

まあ仕事が残っていても上司と同僚に仕事を押し付けて9時17時で帰宅して、業務後は街コンとヨガに勤しみ、土日はYouTubeの配信もやっちゃうような令和のお仕事漫画が流行るとは思えな……い、いやけっこう面白そうだな?

話が混線思想なので元に戻すが、わたしは昭和の価値観を、切って捨てるほど悪いだけの価値観だとは思っていない。

わたしは、正社員がどうせ1日8時間も働かなければならないのなら、ツマンネーとか時間なげーとか思いながら下らない仕事をやるのは続けるのはまっぴらだと思う人間である。そして面白くて報酬の高い仕事は大抵チャレンジングで、程度の差はあれ定時退社とは無縁であることも知っている。さらに優秀で意欲のある人間には仕事が集まってしまうことも知っている。それらを勘案すると、毎日8時間感情を殺して働くよりは、1日12時間以上すなわち他人の1.5倍以上働くことになってもエキサイティングな仕事をして、それだけの報酬を貰う方が、わたしにとってはハッピーだと思っている。

あと最近の若手や中堅は、同僚との過剰な付き合いや飲みニケーションを嫌うとかいう話を世間ではよく聞くが、そもそも「最近」って何だろうと思う。わたしは1978年生まれで現在44歳なので、紛うことなき中堅、もしくはベテラン勢に足を踏み入れているわけだが、わたしが若手の頃から、わたしは同僚との過剰な付き合いや飲みニケーションは嫌だったし、またそうした話が巷でも問題になっていた。一方、10年以上前からイマドキ・・・・の意識高い系の若手は、しょっちゅう社内コミュニケーション企画をやっている。ただし上司の企画・上司の発案ではないところがミソだ。カネは会社(すなわち上司)に出させるのだが、あくまで自分たちが面白いと思う飲み会やアクティビティをやるのである。そして自分たち若手が手綱を握っている限り、おじさん・おばさんが参加するのも別に構わない。

(少し補足すると、稀によくあるのが、若手同士の飲み会のカネを補助せよという話もある。「そんなもん自分たちで企画して自分たちで飲めよ」としか思えないのだが、これを言うとまたうるさそうなので、深く掘り下げるのは止めておく。)

で、その飲み会で繰り広げられているのは、何のことはない、若手がウェーイと飲む姿であり、若手が更なる若手に「仕事とは……」とイキって絡む姿であり、お店が昭和の薫りのする居酒屋ではなくシャレオツ感のあるイタリアンだの高級な焼肉屋になり、運動会やボウリングやバーベキューといった昭和のアクティビティではなく、ダーツバーやVRバーといった平成から令和のアクティビティになっているだけなのである。

社内コミュニケーションを、よく世代間問題として語る人がいるが、完全に誤っているとわたしは思う。20代から30代前半の若手も、平成後期から令和の陽キャは昭和時代と同じようなことをしている。何のことはない、単に陽キャのふるまいが陰キャは嫌いなだけで、サル山におけるサルのボス猿争いに過ぎない。繰り返すが、社内コミュニケーションの問題は、世代間問題などではなく、単なるコミュ力格差問題、陽キャ陰キャ問題に過ぎない。なお、そもそもこの陽キャ・陰キャという言葉も、ほぼ同じ意味で、わたしの一回り上の世代の人たちは「ネアカ」「ネクラ」と言っていた。

……何か話が拡散してしまったな。わたしが書こうとしていたのは、お仕事漫画の根底に流れる昭和的価値観は、一見古いようでいて、実は資本主義経済、少なくとも近現代の日本に共通する価値観であり、昭和の価値観と、平成・令和の価値観は違うようでいて、大して違っていないと思うということだ。気が向けば、また今度もう少し詳しく書こうかと思う。