為末大『日本人の足を速くする』

日本人の足を速くする (新潮新書)

日本人の足を速くする (新潮新書)

日本人の体格は、短距離走には不向きらしい。少なくとも欧米人やアフリカ人と比べると、骨格や筋肉の付き方の面で圧倒的な差があるとのこと。俺の子どもの頃の話で恐縮だが、全盛期のカール・ルイスやベン・ジョンソンの走りを見て「日本人が勝てる」とは確かに思えなかった。血統が違うのである。世界最速のロバがいくら頑張っても、ディープインパクトには勝てるはずがない。もう少し最近の選手にしても、モーリス・グリーンやバレル、ガトリン、ティム・モンゴメリなんかも、やはり「日本人には勝てないだろう」的なオーラが出ていた。
短距離走には、そういった人種的な問題が避けがたく存在している。しかし、それを走り方や頭の部分でカバーしているのが、伊東浩司朝原宣治末続慎吾であり、著者の為末大である。そして日本人は誰であれ、自分たちの身体的な特徴をきちんと理解して自覚的になれば、足が速くなる――というのが、著者の基本的な考え方なのである。確かに身体的なハンデがあれば、それは他の部分で補わなければならないのだが、為末大はランナーの中でもズバ抜けてそのことに自覚的である。自分の特徴を徹底的に知ろうとしているし、また実際に理解し、自分の足を速くするためのアプローチに余念がない。ナンバ走りを取り入れたり、ハードラーなのに1年以上もハードルを全く飛ばなかったり、一見ただの奇策なのだが、実に考え抜いた末のアプローチなのだと本書を読んで初めて知った。非常に面白い本だし、全体に考え方がポジティブで、一気に為末大のファンになってしまった。
また著者は、スポーツ選手を「感性的−論理的」と「エンターテイナー型−マイスター(職人)型」という2つの軸で捉えており、その認識もなかなか面白かった。感性的エンターテイナーは、長嶋茂雄新庄剛志のようなひらめき型の天才。感性的マイスターは、イチローのような求道者的天才。論理的マイスターは、野村克也のような理論派。では論理的エンターテイナーは……というと、あまり思い当たるスポーツ選手がいない。著者はこの「論理的エンターテイナー」として勝負したいと考えているらしい。確かに本書は面白いし、貴重な存在なので、ぜひ著者には論理的エンターテイナーを邁進していただきたい。
ところでWikipediaで確認したところ、ベン・ジョンソンだけでなく、ガトリンもモンゴメリもドーピング違反。知らんかったなあ。