沼上幹『組織デザイン』

組織デザイン

組織デザイン

  • 作者:沼上 幹
  • 日経BPマーケティング(日本経済新聞出版
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組織論・経営管理論の入門書なのだが、感動的な本である。俺は本書を読み込むことで、パーッと霧が晴れるような感覚を味わった。本書の特長は、組織のメカニズムの根本原理を徹底的に解説していることである。とにかく原理原則を執拗に説明している。
抽象的な感想ではわかりづらいので具体的に書くことにするが、本書のタイトルでもある「組織デザイン」と聞いて多くの人がまず思い浮かべる「機能別(職能制)組織」「事業部制組織」「マトリックス組織」「ネットワーク組織」といったものは、俺は組織の源流にある要素ではないと思う。なぜなら、これらは組織現象が組織図として表れた「結果」に過ぎないと思うからだ。またこれらはあくまでも理念型に過ぎない。これは組織の在り方を決定づける根本要因ではないだろう。
これは組織論のほぼ常識なので(「ほぼ」と書いたのは、整理されておらず読み手が上手く理解できないだろうなという本が時々あるため)、もったいぶらずに書いていくが、本書を含めた複数の本で、組織の在り方は「分業」と「調整」の在り方で決定づけられると説いている。さらに言えば「分業」である。例えばステファン・P・ロビンス『組織行動のマネジメント』で組織デザインのポイントでは、適切な組織構造をデザインするときの6つの問題を

  1. タスクをどこまで細分化して職務とするか(職務の専門化)
  2. どのような基盤に基づいて職務を分けるか(部門化)
  3. 各個人やグループは誰に報告するか(指揮命令系統)
  4. マネジャーが効率的かつ有効に指揮下におけるのは何人か(管理の範囲)
  5. 意思決定の権限は誰が持っているか(中央集権化および分権化)
  6. 従業員およびマネジャーに対してどの程度の規則および規制を課すべきか(公式化)

という6点で説明しているが、この6つの大半は突き詰めれば「分業」というワン・ワードもしくは「分業と調整」で説明可能である。「分業」とは、組織現象のあらゆる場面に顔を出す、ニュートンの万有引力を思わせるほどにシンプルでパワフルでビューティフルな概念なのである。
まあ分業という概念自体は(浅学な俺はなるほどと深く頷いたものの)組織論や経営管理論の基本中の基本ではある、ということは繰り返しておきたい。ただし本書が凄いのはここからで、この「分業」のメカニズムを徹底的に(しかもわかりやすく)解きほぐすのである。書いてあることは決して難しくない。しかし原理原則というものは意外に説明が難しいし、書き手に相当な力量がないと読み手は辛い。だから原理原則というのは入門書では飛ばされがちで、かといって専門書では得てして前提的に議論される。そのような中で、組織の根本原理である「分業」を、ここまで執拗に、かつ初学者にもわかるように丁寧に説明された本を俺は他に知らない。何しろ分業のメカニズムの原理原則だけで数十ページが費やされ、分業後に行われる調整のメカニズムの原理原則の説明を含めれば、本書の大半がそれらの原理原則の説明である。本書を繰り返し読み込めば、分業という概念が組織構造に及ぼす決定的な重要性を深く理解できると確信している。
ただし逆に言うと、「分業」とは組織構造のあくまでも根本原理であり、本書だけで組織デザインができるわけではない。組織構造自体は分業という言葉でかなりの部分が説明できると書いたけれども、まず分業の在り方だけで組織が決められるわけではない。市場要因もあるし、目指したいビジョンもあるし、そもそも机上で「理想」の分業関係(=組織構造)を構築しても、それを機能させられる人材がいないかもしれない。
組織構造そのものの力学も極めて複雑なトレードオフの中にあり、その中で最適な分業の在り方をデザインしなければならない、という点も極めて重要な指摘だろう。一例を挙げると、効率的な組織――と、こう書いてしまうのは簡単なのだが、ここには分業(つまり組織)の持つ本質的なジレンマが垣間見える。仕事の分業を徹底させると、どのようなことが起こるか? まず効率は上がるし、学ぶべきことが少なくなるから習熟期間も短縮できるし、仕事がシンプルになるからミスを減らせる可能性もある。しかし一方で、仕事を切り分けて単純化するということは、単調化と表裏一体であることに目を向けねばならない。その人は簡単に仕事を覚えてしまうが、すぐ覚えてしまえるような仕事を延々とやらなければならない側からすれば、ちっとも面白くないだろう。その結果「効率を上げるために行われた分業がモチベーションや注意力の低下を引き起こし、結果として効率を下げてしまう」という組織現象はよく見られるものである。さらに、ひとりひとりの社員が担当できる仕事は少なくなるということは、その社員は仕事の全体が見えなくなるということでもある。全体感を剥奪された社員が果たして質の高いアウトプットを出せるかという意味でも問題がある。
別のジレンマを挙げよう。考える仕事と手を動かす仕事を完全に分けてしまうという「垂直分業」という分業形態がある。これを突き詰めればマクドナルドである。上の人の考えたマニュアルのおかげで現場のオペレーションが標準化され、全国どこでも同じサービスが提供でき、効率的で、オペレーションをこなす人材のコストも低く抑えられるなどの多くのメリットがある。しかし一方で、このような仕事のやり方は独自の工夫は全く(あるいはほとんど)期待されないから、社員は働いていて面白くはない。現場の判断や創造の発揮する余地のないオペレーションが果たしてお客様のためになっているかという点も真摯に考えねばならない。
では分業などしなければ良い――と思うかもしれないが、もちろん分業には様々なメリットがあるし、そもそも現実的に自分ひとりで会社の全ての仕事をすることはできないから、何かしら仕事を分担しなければならない。かくも悩ましい問題なのである。重要なのは、分業のメカニズムをきちんと把握し、メリットとデメリットもきちんと把握し、その中で最適な分業の在り方を探し続けるということだろう。探し続けるというのがミソで、組織というのは外部要因と内部要因の双方の影響で、常に変化に晒され続け、その中で最適な分業の在り方も刻一刻と変わっていく。よく一般論として語られる「理想の組織など存在しない」という命題は、組織の原理原則にも合致している。
さて、長くなったので最後にまとめると、本書だけで組織の深い営みを全て理解できるとは思わないし、例えばゴアテックスで知られるゴア社(W.L.ゴア&アソシエイツ社)のラティス状組織(格子型組織)と分業がどのような関係にあるのかなど、俺自身まだ理解し切れていない部分は多い。しかし1,000円で組織の原理をここまで深く学べたら十分だろう。興味のない方には何も面白くないだろうし、もったいないのでオススメしないが、組織論や経営管理論を深く学びたい初学者は必読である。