MIRAI DESIGN LAB.『二十年先の未来はいま作られている』

二十年先の未来はいま作られている

二十年先の未来はいま作られている

帯には、こう書かれている。

電通博報堂が手を組んだ。
いや、手を組まなければならなかった。
未来への雲行きは怪しい。
予測通りに訪れる未来など、誰ひとり望んでいない。
未来を変えるのは、政治でも技術の進歩でもない。
意志と、アイデアである。
いまが、その時だ。
未来の大きな設計図を描こう。
実現への知恵は、出し合えば良い。

帯を読んで、俺は電通博報堂が21世紀の社会システムについての提言をした本だと期待して購入したのだが、中身を読むと全然そうではない。自分たちがリサーチしたり考えたりしたものではなく、要は学生にコンペをやらせて面白かったものを(多少ブラッシュアップして)載せたのが本書、ということらしい。良くも悪くも広告代理店らしい発想である。
イデアは以下の5つ。

  • 信任貨幣
  • あかり先進国ニッポン
  • ノマドパワーがこの国を変える
  • 健康管理で自分の運命を変える
  • 広告医学が拓く新たな医療のカタチ

読みながら思ったのが、20年後あるいは2030年という時点が「将来」と同義語にしか見えない、ということだ。「こんな将来だと面白いよね」程度の漠然としたイメージを広告代理店が面白がってブラッシュアップして取りまとめたということはよくわかるが、これらのアイデアが本当に2030年に実現できるか、受け入れられるか、そもそも2030年に実現させる価値があるのか……という妥当性や実現性の検証という観点はあまり感じられなかった。もちろん、こうしたイメージからブレイクスルーが起こることも案外あるだろうし、こういう試み自体を否定するつもりはないが、どうにもアイデアが荒削り過ぎて、どう受け止めれば良いのか判断に迷う本である。
とりあえず作り手側が「荒削り」だと言っているくらいなので、熟読ではなく軽い感じで適当に読み飛ばしたが、それぞれの感想としては以下のような感じである。

  • 「信任貨幣」はFacebookの「いいね!」で既に一部実現済だし、現在の貨幣システムの代替手段としては2030年でも導入されるとは到底思えない。結局、2030年に新任貨幣はどのような形で社会に導入されるのか、また導入されるべきなのかがよくわからなかった。
  • 「あかり先進国ニッポン」は、一番よくわからなかった。月の明るさを基準としたmoonという単位を採用した2030年の社会が、現在と一体どう変わるのか、全然わからない。moon barやmoon hotelといった月の明るさを基準とした癒し空間を作るという話があったけれど、これが社会システムではなくお店のコンセプトという話であれば、よくわかる。確かに面白いかもしれない。ただしこれは2012年現在でも実現可能である。そもそも社会全体でやることか???
  • ノマドパワーがこの国を変える」は、本書で「世界を股にかけて実力だけで生き抜く人々」と定義されたノマドな人々が持っている能力の定義に多くの紙面を割いているが、「ものは言いよう」の能力定義に大した価値はない。俺がこのテーマで価値があると思ったのは、そもそもノマドが社会をどうやって変えるのか、そしてどのような未来に変えていくのか、という点だったが、それは2つともよくわからなかった。本書を読んでも、単に優秀なエリートがその卓越した個人の能力・情報感度・ネットワーク力によって社会をリードして良い方向に変えるという風に読めたが、そうだとすればあまりに牧歌的で漠然とした未来像である。加えて(企業に所属しているかどうかに依らず)今も昔も存在している自律したプロフェッショナルと、2030年の社会システムに大きな影響を及ぼすというノマドで、何が違うのかがよくわからなかった。一部のフリーランスが既に実践しているワークスタイルとしての狭義のノマドと、本書で述べられているノマドが違うと強調したい気持ちは十分に伝わってきたが……。
  • 「健康管理」は、2030年という近未来に起こり得る最もリアルなアイデアかなーと思った。情報化がさらに進み、個々人の生体情報・心理情報・行為情報・環境情報が一元管理され、鏡を見れば毎朝コンピュータが一年後・五年後・十年後の健康状態を画像データと音声データで映し出してくれ、今日はサラダを食べなさいとか病院に行けとかも言ってくれるとの予測だ。これが本当に幸せな将来ビジョンであるかどうかは置いといて、あり得る未来であろう。高齢化がますます進み、青年・壮年は更にしっかりと老人を養わなければ社会システムが破綻する訳だから、21世紀における健康と勤労の両立は権利でなく義務である。ややSF趣味かもしれないが、健康管理とITの結びつきはリアルだと思う。希望する人については、1年間で食べた食事の内容が健康診断に提出されるとかね。
  • 「広告医学」は、広告業界と医療業界がタッグを組んだ結果、効果的な情報提供および情報循環の仕組みにより、健康増進を追求する学問「広告医学」を生み出そうという主張である。そもそも学問領域云々の前に、個人のライフスタイル情報を基にパーソナルマーケティングを展開するというビジネスが(2030年を待たず)今現在もう生まれている訳なので、これが2030年の将来ビジョンと言われるとやや違和感を感じるなー。本来は4つ目の「健康管理…」に吸収されるべきアイデアだけど、「広告医学」という広告業界の正当化に繋がるアイデアだから最終コンペに残った風に見える。あと個人的には、個人情報が一元化されビジネスに使われることへの心理的抵抗への言及がないことが不満。googleの検索履歴の統計処理やAmazonのオススメ商品の紹介ですら嫌がる人たちがいるのに。