手島直樹『ROEが奪う競争力 「ファイナンス理論」の誤解が経営を壊す』

ROEが奪う競争力??「ファイナンス理論」の誤解が経営を壊す

ROEが奪う競争力??「ファイナンス理論」の誤解が経営を壊す

本書の主張(正確には本書を含む著者の主張)は明確である。「企業価値を高めるには本業からのキャッシュフローを持続的に増やす以外にない」というメッセージである。そしてROEに代表される、株主に媚びたファイナンス理論は百害あって一利なし、という強い信念だ。

 私がファイナンス理論で唯一信じているのは、企業価値は、将来生み出されると期待されるキャッシュフローをそのリスクを反映した割引率で割り引いた現在価値の合計額である、ということだけです。私はコーポレートファイナンスを専門とするため、企業価値や株価を上げるためにどうすればよいのかと質問を受けることがありますが、いつも松下幸之助氏の言葉を引用します。「いい製品をつくって、それを適正な利益を取って販売し、集金を厳格にやる。そういうことをそのとおりやればいいわけである」。たいていガッカリされます。期待されている答えは、最適資本構成をこのようにして、資本コストをこのように削減して企業価値を向上させる、といったところでしょうが、キャッシュフローに関係しないものは企業価値にも無関係であるため、わざわざファイナンス理論の専門用語を並び立てるようなことはしません。

わたしも実はROEには何となく違和感があった。とはいえ、わたしは別にROEを「黒船」的に捉えて、日本企業は日本の文化や風土に合ったガバナンスがあるべきだ、などというつもりは毛頭ない。ただ単に何となくモヤモヤしていたのだが、最近、小宮一慶『図解「ROEって何?」という人のための経営指標の教科書』を読んで何となくそのモヤモヤがはっきりしてきた。

  1. ROEは伊藤レポートに代表される株主重視経営の象徴であるが、エクセレント・カンパニーと呼ばれる会社は、実際のところ、どれだけ株主重視の経営をしているのだろうか。わたしは、単に優れたものを生み出している会社か、優れたポジショニングをしている会社が、エクセレントな会社として名を残しているように思う。
  2. ROEは投資を抑制したり自社株買いをしたりすれば、短期的に上げることは可能である。短期的に上げられる指標で短期的に評価して、その会社の価値がわかるかと問われたら、わたしはわからないと思う。ROEを目標に据える会社が増えてきたが、ROEは結果に過ぎないわけで、ROE xx%を逆算的に目指すことに意味はないのではないか。

結果からすると、わたしの疑問と本書の主張はある程度似ていた。もちろん著者は専門家であるから、上記のような現状をより正確に、かつ苛烈な言葉で批判していた。

これは、わたしが以前、HRコンサルタントとして働いていたときに感じていたものと同じ構造だなーと思った。

例えば、従業員満足度は重要な指標である、そして今従業員満足度が50%しかなくて低いから、従業員満足度を60%に上げる施策を打とう、差し当たって給料を増やそう……これは明確に誤った対策である。何故か。従業員満足度は確かに重要な指標だが、これは原因ではなく結果であって、たまたま従業員満足度が低いからと言って、何が従業員満足度に響いているかわからないまま闇雲に手を打っても仕方ない。

あるいは、残業時間が多いから、1ヶ月の残業時間が○○時間を超えた社員はもう残業できないようにして強制的に帰宅させよう……これも同じだ。残業時間という結果にだけフォーカスし、原因に手を打たない。

ROEも同じだ。ROEが低いから上げよう! 上げてどうするの? 株主還元が不十分だから還元しよう! 株主還元を無理やり増やしても本業のキャッシュフローは増えないのに?

著者の言うことは「本業を最優先すべし」であり、シンプルだ。それだけに、そうでないこと(著者の言うノイズ)に踊らされないようにするために、最低限のファイナンス理論は身につけないとならないと思った。ROICがどうの、EBITDAがどうの、資産回転率がどうの、と言われても、今のわたしには限定的にしか議論ができない。