野崎まど『タイタン』

タイタン

タイタン

  • 作者:野崎まど
  • 発売日: 2020/04/21
  • メディア: Kindle版
至高のAI「タイタン」によって、人類は既に「労働」や「仕事」というものから解放された。それどころか、欲しいものは欲しいだけ手に入るから「お金」という存在もない。何かを考えたり作ったり判断したりするのはあらゆる点でAIの方が優れているから、「会社」もなくなった。主人公は心理学を趣味で研究しながら暮らしているのだが、ある日、世界でほんの一握りの就労者が彼女の元を訪れ、彼女に「仕事」を依頼する。タイタンは、世界に12個ある「知能拠点」と呼ばれるスパコン的な存在の連携で処理をしているのだが、その第二知能拠点「コイオス」が突如機能不全を起こしているという。仕事内容は、心理学の知見を活かした、コイオスのカウンセリングである――というプロローグ。

AIのカウンセリングというモチーフはなかなか珍しいように思え、興味深く読んだ。作品としては面白い。

けど展開は、ご都合主義と言うか、この世界では絶対そんなふうに考えないよなと思うところがあって、ちょっと違和感が強かった。例えば、主人公は「仕事を選ぶ自由がある」などと言っているが、この世界では労働やその対価としてのお金が消え失せて100年以上が経った世界である。仕事についてレストランで話すことすら少々緊張するような世界で、こんな発言をごく普通の主人公の口から出てくるかなって思う。

あと作中では、人間に寄せるべく脳の形をしたハードウェアでAIに思考させているという描写があってなるほどと思ったのだが、それなら母乳で育てられたわけでもなく、父母や祖父母がいるわけでも、学校や宿題があるわけでもないのに、まるで人間の幼児のような紋切り型のAIが登場するというのも納得感に乏しい。AIが照れ笑いをしてみせたり、ワーワー泣いてみたり、うつ病になってみたり、人見知りをしたりと、非常にご都合主義的な擬人化を果たしている。そんな筈ないだろうと思う。そもそも自己と他者の区別すら最初はついていなかったタイタンのようなAIに、本当に、人見知りのようなものが簡単に表れるだろうか? あと、生まれてこの方20年以上もタイタンと接してきた主人公が、アッサリとタイタンを人間と同一視し、人間を擬人化して通俗論的な感情移入をしている様も、何となく腹が立つ。

個人的には、主人公の腹立たしい上司という描かれ方をしているナレインの方がよほど親しみが持てる。