
入門者のための社債発行実務: 債券発行の流れ & 関係者 & 費用
- 作者:伊藤 敦史
- 発売日: 2016/06/11
- メディア: Kindle版
まず目次を引用する(「はじめに」と「あとがき」は除く)。この目次だけで勉強になるものがあるね。
- 債券の基礎知識
- 債券とは
- 債券発行の効果
- Debt調達手法の比較
- 債券の種類
- 債券発行までの流れ
- 事前準備事項
- 起債フロー
- 債券発行の関係者
- 関係者とその役割
- 社債発行に係る費用
- 初期費用
- 期中費用
- 必要書類
- 発行登録書
- 発行登録追補書類
- 社債要項
- 買取引取契約、証明書
- 業務契約書
- コンフォートレター
- 開示制度
- 金融商品取引法上の開示制度
- 有価証券届出書と発行登録制度
- 引受審査
- 引受審査の概要
- 引受審査の項目
- 引受審査の分類
- 引受審査のスケジュール
- コンフォートレター
- コンフォートレターの概要
- コンフォートレター作成・受領のスケジュール
肝心の内容だが、とても良い。この手の本は、Webでも読める水準の雰囲気だけを掴む入門書か、法律バリバリの超専門書に大別されるが、本書は説明が端的かつ具体的で、非常に勉強になった。ほぼ感銘を受けたと言って良い。以下はわたしの備忘メモだが、書籍は当然この10倍以上のノウハウがある。なお、読んだときの感覚を鮮明に繋ぎ止めるために本書の表現を極力活用しているが、厳密な引用ではない。
1. 債券の基礎知識
- 社債は100億円以上での起債が一般的で、固定金利・満期一括返済である。
- 債券を発行すると「この企業はこのプライスで発行できる」というアナウンスメントになりマーケットでのプレゼンス向上に寄与する。
- 銀行や保険会社などの融資金融機関は、融資を足がかりに様々なクロスセル(付随取引)の機械提供を要求するし、株式投資家は議決権の行使を通じて経営に関与する。一方、債券自体の採算性・収益性を判断基準として投資活動を行う債券の投資家はプレーンな存在。
- 債券、相対借入以外の代表的なDebt調達手法であるシンジケートローンは、借入人が複数の金融機関から一つの契約で当時に借入を行う形態である。借入可能額が大きくなる、単一契約であるため金額対比での事務負担が軽減されるメリットがある一方、ローン組成を行うアレンジャーへの手数料が発生する、相対借入に比べるとプライスが高くなる等、追加コストがかかる。
- 起債を行う際に発行体が準備しておく事柄は、格付の取得、発行登録、取締役会決議、一般債振替制度への登録等がある。
2. 債券発行までの流れ
この章はめちゃくちゃ参考になった。わたしのメモでは割愛したが、スケジュール感なども詳細に書かれている。数日で発行できるようなお手軽なものではないし、プライシングは主幹事証券会社のテクニックと言うか、いわば職人芸みたいな要素もあるのではないかと理解した。
- Debt IR:投資家とのコミュニケーションを図るための1on1ミーティング(個別投資家訪問)やセールスミーティング(証券会社セールス向け説明会)を実施する。
- マンデートアナウンス:投資家サイドに予め投資枠を確保させることと十分な検討時間(クレジット分析の時間)を与えることを目的に、ベンダー情報を通じて主幹事証券会社を指名した旨をアナウンスする。
- ソフトヒアリング:主幹事証券会社が、発行体名・年限・発行予定額・条件決定予定日・払込予定日・ベンチマーク等を投資家に提示して反応を確認する。その上で、プライス(スプレッド)のイメージを投資家からヒアリング、集約してプレ・マーケティング時に提示するスプレッド水準を検討する。
- 主幹事プレ・マーケティング:主幹事証券会社が、投資家に具体的なスプレッドレンジを提示して反応を確認する。各投資家の需要総額を積み上げて、発行体が希望する発行額を達成するためのプライス水準を探っていく。
- シ団プレ・マーケティング:主幹事証券会社だけでなくシ団メンバーもいる場合、シ団独自の投資家層の需要を取り込むことを目的に、シ団メンバーも投資家に具体的なスプレッドレンジを提示して反応を確認していく。
- ローンチ・プライシング:ローンチ当日、主幹事証券会社は寄付(午前9時前)のマーケット状況から、条件決定を行うに際して問題がないことを確認する。もしマーケットでイレギュラーなことが発生していれば、ローンチ日を翌日にずらす等の措置を取る。その上で、主幹事証券会社から発行体に「プライシングを行って良いか」の最終確認を取り、通常午前9時半頃にプライシングを行う。
- 払込・発行
3. 債券発行の関係者
- 発行体(本書は社債を念頭に置いているため、一般の事業会社を指す)
- 証券会社(規模に応じて主幹事証券会社に加え、幹事証券会社(平幹事証券会社)、シ団証券会社が置かれる)
- 銀行(発行される社債の種類に応じて財務代理人、社債管理者のいずれかの役割を担う)
- 投資家
- 格付機関
- 監査法人(開示書類に記載される財務諸表等を確認し、起債の必要要件であるコンフォートレターを作成し、発行体と主幹事証券会社に送付する)
- 所管財務局
- 証券保管振替機構
4. 社債発行に係る費用
発行体から見た費用の細目。メモは割愛するが、費用の水準感や、Webで見られる場合はその確認方法まで載っていてもう最高。
- 初期費用
- 引受手数料(引受証券会社に支払う手数料)
- 財務代理人手数料(財務代理人を務める銀行、信託銀行に支払う事務代行の手数料)
- 新規記録手数料(証券保管振替機構に支払う手数料)
- 格付費用(格付機関に支払う手数料/ベースとなる発行体格付と、個別社債毎の個別債務格付の2種類が必要)
- 監査人の書類作成費用(監査人に支払うコンフォートレターの作成費用)
- 目論見書作成費用(印刷会社に支払う目論見書の印刷費用、ポスターやリーフレットの作成費用、新聞広告費用等)
- 期中費用
- 支払利息(投資家に支払う利息)
- 利払手数料(口座管理機関に支払う、利払いに係る手数料)
- 社債管理手数料(社債管理者に支払う手数料/財務代理人を使用している場合は未発生)
- 元金支払手数料(口座管理機関に支払う、元金支払いに係る手数料)
5. 必要書類
書類作成過程、関係当事者、提出タイミング等かなり精緻に解説してくれている。わたしは一旦、書類名とその概要だけをメモ。
- 発行登録書(日本国内で有価証券の募集・売出を行う際の金融商品取引法上の開示書類の一種/本来は有価証券届出書の提出が必要だが、一定の要件を満たすと発行登録書の提出が認められ、機動的な起債や事務負担の軽減と言ったメリットを享受できる)
- 発行登録追補書類(発行登録書の提出により登録された有価証券の募集・売出を実際に行う際に、提出が義務付けられている書類の一種)
- 社債要項(発行される社債の具体的内容を記載した書類)
- 買取引受契約、証明書(発行される社債を投資家に広く販売するにあたって引受証券会社が一旦当該社債の全額を買い取る内容の契約で、関係者の義務・権利を記載)
- 業務契約書(監査人・発行体・主幹事証券会社間で責任の所在を明らかにし、コンフォートレターの作成手続きを確定するために締結する契約書)
- コンフォートレター(監査人が発行体の開示書類に記載された財務情報・その後の変動につき調査した結果を、発行体と主幹事証券会社に報告するために作成するレター)
6. 開示制度
発行に際しての書類は5章で解説してくれているが、開示に係る書類は本章。疲れてきたのとわたしが勉強したい情報から少し外れているのでメモは割愛。
7. 引受審査
主幹事証券会社が行う引受審査の概要、項目、分類、スケジュールについて解説。こちらもメモは割愛。
8. コンフォートレター
コンフォートレターの概要、作成・受領のスケジュールについて解説。概要は既にメモしてきたので、これ以上のメモは割愛。
最後に、余談
わたしがこれまで十分に理解できておらず(注:資金調達の素人です)、本書で大きく学んだのは以下6点。当然これ以外にも大変な学びがあったことは繰り返すまでもない。
- 発行プロセスや関係者だけでなく、費用水準まで具体的なので、業務理解に手触り感が出てきた。
- プライシングの位置づけ。プライスは発行体が決めるものであるという理解は一義的には合っているのだが、プレイヤーが多くない社債においては、プライスを決めるのは投資家の需要を慎重に判断する必要があり、発行体と言うよりもむしろ証券会社が慎重にIRして戦略を立てた上で、発行体と連携するという印象を持った。
- 格付機関の重要性。ここまでプライシングに気を使っているところを見ると、未格付の企業の社債発行は相当ハードルが高いね。
- 財務代理人と社債管理者の位置づけ。存在は知っていたが、何となく読み飛ばしていた。
- コンフォートレターの存在。これも正直よく知らなかった。
- 所管財務局、証券保管振替機構(ほふり)といった当局の位置づけ。
良い本だった。著者は『入門者のための短期社債発行実務:発行手続と費用の全てを』という本も書いており、こちらも読んでみることにしたい。