……と、若干皮肉めいて説明したが、まあ全体的には読みやすいし、先生と生徒の会話をベースに説明がなされていて、すっと入りやすい気はする。減価償却の概念が鉄道事業から生まれたといった「ほほー」というエピソードも結構ある。
しかし、何だろうなあ。
「会計のことがまったくわからない」という人は、会計知識を使うシーンも限定されていると思う。そういう人に対して「とりあえず会計の入門書だから、近接したファイナンス理論も説明しておくか」と、何となくファイナンス理論の章を準備して、WACCだのリスクプレミアムだのDCF法だのPERだのPBRだのを説明するのって、正直すごく違和感があるというか、ピンと来ないんだよなあ。
「会計のことがまったくわからない」という人が、株価の分析とか、分散投資のアレコレとか、投資判断の超入門の技法を学んで一体何をするんだろう。わたしは15年間経営コンサルタントとして働き、基本的なファイナンス理論を理解しているけれども、プロジェクトの中でPERだのPBRだのを使ったことは一度もない。
財テク?
貯蓄から投資の時代?
これこそ自称専門家やアルファツイッタラー(死語?)に踊らされているだけっていうかね。
クレジットカードのポイントの利率やポイント変換ルートに異常にこだわるとか、スーパーを5件回って1円でも安い価格の洗剤を買うとか、インデックス投資に熱を上げるとか、デイトレやFXの本を何冊も読んで有名人をフォローするみたいなのは、まあ趣味なら良いと思うんですよ。わたしはその趣味を批判する気は全然ない。
本書も同様で、PERやPBRの意味を趣味的に勉強する分には何の問題もない。
でも本質的には、そんなこと(あえて言います)にうつつを抜かしている暇があったら、少しでもまともな報酬体系の会社に転職するのが最も幸せになると思う。ここで「まともな報酬体系」というのは、残業時間がちゃんと出るとか、残業時間とか言うのが馬鹿らしくなるほどベースの高い給与水準とか、実労働時間に見合った効率的な報酬体系であるとか、通勤時間を含めた拘束時間が低いとか、働くにつれて年収が正当な上昇カーブを描くとか、そういうことである。そしてそういう会社に転職するために、きちんと情報収集をしたり、仕事の実績を積み上げたり、学歴ロンダリングや資格取得をしたり、楽に転職できるように人脈を作ったり、自分の雇用価値を適正にアピールできるようプレゼンの練習をすることが必要かつ有効である。
PERやPBRを知っている程度で財務部門には転職できないし、仕事でもプライベートでも何も活用できないし、ファイナンス思考とやらを発揮する機会も生まれはしないだろう。そんなことよりも転職するほうが、よほど投資対効果が高い。
この手の著者は、もう少し真剣に、(広くファイナンスを含めた)会計のことを学ぶ意義というものを考えてはどうだろうか。情報弱者と知的弱者と読書マニアから金を巻き上げることが目的なのであれば、何も言うことはないのだけれど。