荒俣宏『帝都物語 第壱番』

帝都物語〈第壱番〉 (角川文庫)

帝都物語〈第壱番〉 (角川文庫)

350万部も売り上げた、言わずと知れた大ベストセラーシリーズの第1巻。以前は全12巻だったようだが、阪神大震災の起こった95年、全6巻の新装合本版として刊行されている。本巻は『帝都物語1 神霊篇』と『帝都物語2 魔都(バビロン)篇』を合本再編集した新装版。非常にエキサイティングかつエキセントリックな物語で、俺は何度も耽溺しているが、『帝都物語』の著者が荒俣宏だということは、意外に(?)知られていないように思う。荒俣宏は、「トリビアの泉」でへぇ〜ボタンを押したり「世界ふしぎ発見!」でコメントしたりしているだけの人物ではない。
帝都物語』シリーズを貫くストーリーは「帝都・東京の破壊を目論み魔人・加藤保憲と、それを阻止しようとする人々の100年に及ぶ戦い」と表現できる。魔人・加藤保憲は、呪殺の秘法「蠱術」を使い、陰陽道奇門遁甲に通じ、鬼神「式神」をあやつり、さらには帝都破壊のため、関東最大の怨霊・平将門を喚び覚まそうとする。抵抗する人々だって魔術に対抗するには魔術的な力を必要とする。風水だって登場する。当然オカルティックな雰囲気を多分に漂わせる。
ただ、それだけにとどまらないのが本シリーズの魅力だと思う。それを俺なりに表現すれば「アラマタの膨大な知識を駆使した、史実や風俗とオカルティックな知識の融合、実在した人物と架空の人物の巧みな交差」であろうか。実際、どこまでが史実でどこまでが想像なのか、その線引きが曖昧になってしまう瞬間がある。それが面白い。
ところで『帝都物語 第壱番』では、「亥の年」が帝都に破壊をもたらす重要なキーワードとして登場する。魔人・加藤保憲は、死門の開く「亥の年」に照準を合わせ、関東に大地震を起こすべく暗躍する。その結果は、史実としては明らかである。関東大震災は起こり、壊滅的な打撃を受けたが、破壊し尽くすことはできなかった。帝都は死なず、世界を代表する都市として再生した! 『帝都物語』では、この史実が魔人の存在と共にどう語られるのか、ぜひ読んでもらいたい。
ちなみに、『帝都物語』の執筆が始まったのも、新装版が出版されたのも、そして阪神大震災が起こったのも、「亥の年」である――と書けば、この奇妙な符合と共に本書への関心が増すだろうか? といっても、本シリーズは単にオカルト知識の披瀝として書かれたものではないし、商業主義的な意味合いで、阪神大震災と絡めて新装版が刊行されたわけでもない。アラマタの真のテーマや思いは、もっと別のところにある。「まえがき」を引用してみたい。

帝都物語』は、新しい文明都市化をはたすために無計画に土地を傷つけ、踏みにじった近代の都市政策こそが大震災の大きな引き金となったことを、怪人「加藤保憲」の怨霊というかたちで物語化した。一方、大地の生命力を大切にし、環境と美観をも考えにいれた古い都市計画のベースとなったのが、風水だった。古代にあって風水がどのような都市をつくろうとしたかは、それぞれの都につけられた名が物語っている。たとえば平安京は、ピースフル(平和)でヘルシー(安全)な都市をめざして建造された霊的な都だった。
帝都物語』は、まさしくこの風水を都市再開発の戦略として提案する伝奇小説でもあったのだ。
今、わたしたちは神戸の復興に国民の一人として微力をつくそうと立ちあがりつつある。このつたない小説が運命の亥の年に復刊される意味も、そこにあると信じる。
都市を愛し、都市を憎む、すべての人々に、もういちどこの神霊小説をお贈りする。

ブログの前身のHPを立ち上げる前から、既に何度も耽溺しているシリーズであり、猛烈に必読!
なお本書以降は「荒俣宏」でインキュベ日記1000冊のカウントダウンをしたい!(無謀)