エリック・リース『リーン・スタートアップ』

リーン・スタートアップ

リーン・スタートアップ

  • 作者: エリック・リース,伊藤穣一(MITメディアラボ所長),井口耕二
  • 出版社/メーカー: 日経BP社
  • 発売日: 2012/04/12
  • メディア: 単行本
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スタートアップ界隈で絶大なる影響力を持つエリック・リースの本。
少し長くなるが、本書から引用したい。

 私の講演を聞きにきてくれたマークという人物を紹介しよう。彼は巨大企業のマネージャーで、インターネットを活用する新製品を開発し、21世紀に向けて会社の舵を切るために設立された部門を任されていた。講演後、あいさつに来てくれた彼に対して大企業の社内に革新的なチームを作る方法を語りはじめたところ、「いや、『イノベーションのジレンマ』なら読みました。あの本に書かれているようなことは対応済みです」とさえぎられてしまった。(略)
 それでは未来についてアドバイスしようと、広く活用されているクールな製品開発技術について語りはじめたところ、またもさえぎられてしまった——「おっしゃりたいことはわかります。インターネットについては十分に勉強していますし、インターネットに対応できなければウチの会社が終わることもよくわかっています」
 マークは、適切な構成のチームから優秀な人材、未来を見据えたビジョン、リスクを取る覚悟に至るまで、起業の前提条件(prerequisite)をすべてクリアしていたのだ。そこまでわかってはじめて、私は、ではなぜ私にアドバイスを求めるのかたずねてみようと思った。返ってきた答えは「材料はすべて揃っていると思うのです。たきつけも、薪も紙も火打ち石もありますし、火花程度ならおこせていると思います。でも、炎にならないのです」だった。マークが勉強したマネジメント理論は社内にスタートアップチームを設置するにはどのような組織にすべきかを重視しており、イノベーションを「ブラックボックス」のように扱っていた。ところがマークはそのブラックボックスの内側で仕事をしなければならないため、アドバイスを求めることにしたのだ。
 マークに欠けていたのは、イノベーションの原材料を現実世界の成功へ変換するプロセスである。設置したチームは何をすればいいのか。どういうプロセスを採用すべきなのか。中間目標はどう設定すべきなのか。いずれの問題も、リーン・スタートアップ手法で解答を得ることができる。
 つまり、マークは、ガレージでスタートアップを立ち上げるシリコンバレーのハイテク創業者と同じアントレプレナーなのだ。伝統的なアントレプレナーだと私が思う人々と同じように、マークも、リーン・スタートアップという考え方を身につける必要があったのだ。(略)
 だから、これ以降はアントレプレナー(entrepreneur)という言葉でスタートアップに関わる人全体を指すこととし、企業の規模やセクター、発展段階によって区別しない。
 本書はあらゆるアントレプレナーを対象とする。すなわち、知識や経験は不足しているがすばらしいアイデアを持った若いビジョナリーからマークのように大企業で働く経験豊富なビジョナリーにいたるまで、そしてそのようなアントレプレナーに責任を問う立場の人々までが対象である。

上記を引用したのは、本書は良い意味で、先日読んだ三宅孝之+島崎崇『3000億円の事業を生み出す「ビジネスプロデュース」戦略』の内容とフォーカスしている箇所が異なり、読むことで相乗効果があることを示したいと思ったからである。incubator.hatenablog.com
本書の比喩も踏まえて書くが、スタートアップをめぐる方法論には3段階あると整理できる。

  1. 火花を起こす方法論(0を1にする方法論)
  2. 火花を炎にする方法論(1を10にする方法論)
  3. 炎を強く大きくする方法論(10を100や1000にする方法論)

『3000億円…』は、社会的意義や法規制までをも視野に入れながら事業創造し、大きく育て上げるための一助になることを目指した本である。上記1〜3の全てをカバーするものの、3に対する意識を向けさせ、また具体的な方法論を示すことが主題である。一方、本書はより事業の立ち上げフェーズにフォーカスしており、それは上記の1と2に該当する。
なお私自身はスタートアップを創業する気はないものの、(たとえ雇われの身であっても)社内アントレプレナーとしての気概や緊張感を持つべきだと考える人間である。その意味では私にとっても非常に有益であった。ただし、本書はかなり具体的で、細かく、読み通すには骨が折れる。私も一度で全てを理解したとはとても言い切れない。アントレプレナーは何度も読み返すべき本である。

余談

シリコンバレーを中心としたスタートアップの熱量をより身近に感じたいなら、以下の本とブログエントリーを薦める。そこら中で火花が飛び散り、炎が発生しているシリコンバレーの凄さが感じられる名著である。私も個人的に大きな感銘を受け、その熱量が少しでも伝わるよう、(珍しく?)ちゃんとエントリーを書いた。incubator.hatenablog.com