五藤隆介『アトミック・シンキング 書いて考える、ノートと思考の整理術』

「書く」ということ

著者は「はじめに」でこう書いている。

 書いて考えるという行為は、頭の中だけで「考える」ことと違い、自分が書いたものを「見ながら」考えることができるようになります。(略)
 将棋というゲームには、目隠し将棋、脳内将棋と呼ばれる、将棋盤と駒を使わずに、自分が動かした駒と場所を声に出して、将棋盤なしで頭の中だけで将棋を指すという遊び方があります。
 実際に目隠し将棋をやってみるとよくわかるのですが、ほとんどの人はうまく将棋を指せるかどうか以前に、自分の駒がどこにあるかすらまともにおぼえていられません。
 頭の中だけで「考える」というのは、この目隠し将棋を指している状態と同じようなものです。

これはかなり本質的な指摘で、個人的には蒙を啓かれたような思いがした。

わたしは読書にハマり始めてしばらく経った後、本の内容を整理して時や場所を問わず効率的に思い出したいという思いと、毎月10冊(後に15冊)の本を読むと宣言してそれをブログで(正確には当時ブログという言葉もなかったが書評日記として)結果を公開すれば読書が捗るのではないかという思いで、2000年8月1日にこのブログを始めた。効果はてきめんで、後者は今回の話と関係ないので前者に絞るが、ブログのおかげで、10年以上も前の本の内容を比較的容易に思い出すことができる。しかも、これはこうした読書メモを作り続けたことのある方にしかわからない感覚だと思うが、本の内容を思い出すのに、必ずしも、内容の要約を丁寧に作ったり、感想を長々と書く必要はない。もちろんしっかり書いた方がより思い出せるのだが、極論すれば「んー」だの「まあまあ」だの「○○の点が面白かった」程度の感想でも、そうした記載をトリガーにして、それなりに思い出すことができる。

なお、わたしは何故ブログを書き続けているのかと問われる度にこうしたことを話すのだが、あまり原理的に掘り下げて考えたことはなかった。しかしわたしの中では、著者の書くように、「見ながら」考えるという事態が起こっているのだと思う。要するに「本を読む」という行為、「本の内容や感想を書く」という行為、「本について何かしら考えたり感じたりする」という行為、これらがわたしの中で有機的に結びついているから、「んー」や「まあまあ」から何年も前に読んだ本の内容を引きずり出すことができるのだ。

本の構成と感想

本の構成は大きく3章構成だ。正確には3部構成か。

第1部 アトミック・シンキングとはどういうものか
第2部 アトミックなノートの書き方
第3部 アトミック・ノートをまとめるトピックノート

第1部 アトミック・シンキングとはどういうものか

わたしは上記でも引用した「はじめに」の一節で俄然引き込まれたのだが、第1部は要するに、書いて考えることは重要だという「はじめに」の延長線のような気がして、あまりピントは来なかった。著者の言う「アトミック・シンキング」に至る前に、まず「書くこと」自体を習慣にすべきで、そのために「フリーライティング」「日記」「読書メモ」という3つの方法論を紹介している。なお、わたしが上記で書いたこととほぼ同じことを、著者も「鍵があると本の内容を思い出せる」という節で書いてくれている。

もう一点、著者は第1部で、「他人の文章をコピペしないこと」はアトミック・シンキングで最も重要なことだと批判している。これは機能としてのコピペにとどまらず、本や教科書に書いてあることをそのまま書き写すような「目コピ」も同様とのこと。しかしわたしの考え、というか身体感覚は違う。わたしは誰かの文字を真剣に書き写すことで、著者がどんな語句を漢字または平仮名にしているか、どこで読点を打っているかなどを感じ、著者が喋っていることを真似ているような感覚になる。文学作品だと自分が作者と息遣いまで合わせて作品世界に没入するような感覚になるし、ノンフィクションだと著者の説明が頭に入りやすくなる。要するに、著者は他人の文章をコピペしても考えていることにならないと批判しているわけだ。しかし、わたしはそうした主張を十二分に理解した上で、あえて「考える」あるいは「感じ取る」ために目コピしているので、必要に応じて目コピは続けていく。

第2部 アトミックなノートの書き方

もし仮に本書が1章で終わっていたら、わたしは本書に感銘を受けることはなかったかもしれない。

しかし第2部は極めて刺激的だった。

まず第2部の冒頭で「デジタルガーデン」という概念が紹介される。デジタルガーデンでは、ノートを書き、整理することを「庭作り」にたとえる。ひとつひとつのメモが庭に植える草花で(アトミック・ノート)、エリアごとにグループ化した草花の塊(トピック・ノート)がある。そして重要なのは「手入れ」という概念だ。ひとつひとつのメモ書き(ノート)は書いて終わりではない、ということを示した比喩なのだが、すぐにイメージが浮かんだ。日々新たな要素を注入し(水やり)、関連する情報とリンクし(接ぎ木)、余分な要素を刈り込み(剪定)、場合によってはグルーピングも見直す(植え替え)ことを続けていく、ということだろう。これはデジタルならではの強みだ。普通のノートだとここまでやれないし、カード式の情報整理でも限界はある。

この庭の手入れという概念で何となくわたしの期待値を盛り上げ、そして、「ノート手入れのコツはノートを『アトミック』にすること」という小見出し、これが何となく響いた。ノートを「アトミック」にするという表現自体が何となくカッコイイし、これはこれまでのわたしの中になかった発想だからだ。アトミックとは「原子の」「極めて小さな」という意味だが、本書では「ひとつのことが書かれた」「分割不可能な最小単位の」といった意味で使われる。つまりひとつのアトミック・ノートにはひとつの事実やひとつの感想しか書かないということである。

実例を引用してみたい。まず以下は、本書のコンセプトを考えている際に作ったノートとのこと。

書くことの大きな効果は、書くことで思考を減速させることができること。そして、書き留めるとは思考を固定化することで、書き留めたことを見ることによって、書くことがわからないこと(が:引用者補足)なんなのかがわかるようににある。つまり、書いてみると、何がわからないかが見つかるということと書くことでわからないこと(が:引用者補足)なんなのかがわかる。

まあメモ段階なので脱字や文意のよくわからない表現があるが、それ以上に結局、言いたいことをひとつにまとめられない。ノートにふたつ以上のことが書かれているからである。著者は、このノートをアトミックにすべく、「書くことの効果は思考を減速させること」というタイトルで新たにノートを作った。

書くという行為には、思考を減速させる効果がある。読むことと違って、書くことというのは時間がかかる行為である。この時間がかかる行為によって、書いている間は強制的に思考はそのことに集中されることになる。結果的に、書くことでその間は書いていることだけを考えることに繋がり、思考を減速し、一つのことをじっくり考えることができるようになる。

著者は更に「書くことは思考を固定化すること」というタイトルでノートを作った。

書くという行為は、頭の中にある曖昧で目に見えない概念を、文字として目の前に書き表すことで、考えていることを文字として固定する行為。頭の中にある目に見えない概念は常に流動的で変化をし続けるが……(略)

さらに「書くことでわからないことがわかるようになる」というタイトルでもノートを作る。

自分が考えていることを文章として書いてみると、思考が整理できていない内容、自分の理解が曖昧な部分は、うまく文章にすることが出来ない。これはつまり、書いてみることによって……(略)

この作例はかなりイメージが湧いた。

第3部 アトミック・ノートをまとめるトピックノート

第3章は、個別のアトミック・ノートを取りまとめるトピック・ノートという考え方の紹介である。

要するに「ひとつのことだけが書かれたノート」であるアトミック・ノートをグルーピングしていくわけだが、フォルダ階層のようにトップダウンで決めたり、また階層を深くしすぎたりすると、結局続かないそうだ。またタグのようなアプローチも硬直的だと説く。まあタグも結局、複数のグループに所属はできるものの、トップダウンでのフォルダ分類に近いのかな。

近年のデジタルノートツールでは、リンク機能を用いてノート同士を繋いでいくことが主流らしい。これがアトミック・シンキングのキモのひとつであるようだ。代表的なツールとして、ScrapboxやObsidian、Roam Research、Logseqなどが紹介されている。うん、ひとつも知らん。要するにWikipediaみたいなものだと思っていたが違うのか。でもファイルごとのリンクのイメージはついている。要するにカード型の情報整理術のデジタル版なのだから。

わたしはあまりツールに縛られたくないため、Windows標準のメモ帳やGoogle Docs、Google Sheet、紙のノートなどを使って適当にメモをしていることが多いが、メモ帳やGoogle Docsを使う場合は自然とスペースやタブでインデントを付けて構造化し、アウトライナー的なメモの取り方をしていることが多い。コンサルという仕事は構造化が命なのでアウトライナーと相性が良いような気もする。一方で、プライベートを含めた全人的な思考ということで言うと、構造化は、まだ硬い。もっと自由に飛翔するような思考法ということで言うと、こうしたリンク型のデジタルツールは確かに有意義な気もする。

最後に

Twitterでたまたま本書の情報が流れてきて、Kindle Unlimited対象ということもあって大した期待もせず読んでみたのだが、久々に刺激を得た。実際に、"本格的に"試してみようかな。ブログのスタイル自体を捨てる・変えるつもりはないが、もっと幅広く思考をまとめたり、広げたり、ということをしたいとぼんやりと思っていた。最低1万、できれば10万ノートぐらい作ったら、かなり色々な知識や知見が整理される気がする。

余談

ナレッジスタックという著者のニュースレターみたいなのを登録してみた。面白いと良いんだが。