波頭亮『プロフェッショナル原論』は今となっては反動的・反時代的な性質を帯びた本だが、極私的に最高の啓蒙書である!

プロフェッショナル原論 (ちくま新書)

プロフェッショナル原論 (ちくま新書)

  • 作者:波頭 亮
  • 発売日: 2006/11/07
  • メディア: 新書

久方ぶりなので状況整理

山口周『外資系コンサルが教える 読書を仕事につなげる技術』を読んで感銘を受け、インキュベ日記版ビジネス書マンダラを作る!と言ってから早くも数年が経過してしまった。ぜんぜん作ってないじゃないか。

この試みは、一度読むだけで勿体無い、何度も何度も読み返して自分の血肉にすべき本をピックアップしようというものだったが、思い返すと、別にそういう本がないわけではなかった。この数年間も幾つかの本は何度も読み返してきた。

それなら、そろそろ本格的に整理しようかな、と重い腰を上げた次第。

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詳しくは以前の記載(上記)を確認してほしいが、わたしはレベルと領域の掛け合わせでマンダラを作りたい、そしてその分類は山口周のものとは敢えて変更し、わたしの実態に合わせ、レベルはLv1 前提(スキル本や啓蒙書) / Lv2 基本(各領域の基本書) / Lv3 応用(各領域の応用書)の3段階、領域はA:経営戦略 / B:マーケティング / C:財務・会計 / D:リスク・ERM・統計 / E:HR / F:オペレーション・IT / G:リーダーシップ / H:その他(経済学・社会学等)の8分類で想定していた。

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再開する(というか新規に取り組む)に際して、どこから作ろうかなーと思ったのだが、やはり最初はLv1の本を中心にピックアップしたいと思う。

本題

本書の出版経緯

わたしというビジネスパーソンの人格形成に影響を与えた本は幾つかあるが、やはり波頭亮『プロフェッショナル原論』は外せない。良くも悪くも、わたしという徹頭徹尾ちゃらんぽらんな人間が、仕事に対してだけはストイックになるのは、おそらくこの本の影響が大きいように思う。

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以前のブログ(上記)で書いたことも含め、改めて本書の内容を整理しよう。

まず本書が刊行されたのは2006年だが、2005年頃は「プロフェッショナル」の根幹を揺るがす非常に大きな事件が日本で立て続けに起こった。耐震強度構造計算書偽装事件と、ライブドア粉飾決算事件である。

ja.wikipedia.org

ja.wikipedia.org

事件の詳細はWikipediaに譲るが、プロフェッショナリズムの欠如によって、一級建築士・公認会計士・コンサルタントといったプロフェッショナルたちが犯した醜い犯罪である。著者は10年前から本書を書きたいと思っていたそうだが、直接的にはこれらの事件がきっかけとなって、プロフェッショナルになるためのテクニック本(How)ではなく、そもそもプロフェッショナルとはどのような存在であるか(What)を書くことになった。

プロフェッショナルとは

さて、ではプロフェッショナルとはどのような存在か?

著者の言葉を引用したい。(下線部は引用者)

 プロフェッショナルとは、一言で表すならば、「高度な知識と技術によってクライアントの依頼事項を適えるインディペンデントな職業」と定義することができる。
 この定義にはプロフェッショナルという職業の三つの要件が規定されている。プロフェッショナルの職能と、仕事の形式と、身分に関しての要件である。
 (略)しかしプロフェッショナルの本質を知るためには、こうした形態上の要件ばかりではなく、プロフェッショナルという職業の使命や規範についても理解しておかなければならない。
 プロフェッショナルの本質とは、実はプロフェッショナルという言葉自体に隠されている。プロフェッショナル「professional」という言葉は、「profess」という「宣誓」を意味する言葉から来ている。つまりプロフェッショナルとは、その職業に就くのに際して神に誓いを立てなければならないほどの厳しい職業なのである。
 何を神に誓うのかというと、、社会に貢献し公益に寄与することを目的として働くこと、そしてその目的を果すために定められているプロフェッショナルの掟を守ることである。
 プロフェッショナルという言葉を聞いてまず思い浮かべるのは、常人の域を遥かに超えた知識や技術の凄さであろうが、実はプロフェッショナルのプロフェッショナルたる本質は、神に誓う自らの使命であり、わが身に課す厳しい掟にあるのだ。プロフェッショナルの実質的な定義としては、先に挙げた職業形態としての三つの要件以上に、公益に奉仕するという使命感と掟を守る自律心こそが重要なのである。

これを前提に、すなわち高い職能と公益への貢献の見返りに、「自らの意志で仕事を選べる自由」「組織に属さなくても仕事ができる安心」「自尊の念」「社会からの敬意」が得られる、これがプロフェッショナルの魅力であると著者は語る。

全く同意である。

なお著者は「思われているほどではない収入」と書いているが、これも同意である。わたしはコンサルタントとしてごく平均的なサラリーマンよりは高い報酬を得ているが、仕事のプレッシャーや勉強時間も含めた拘束時間を考えると、金銭面でのお得感はそれほどない。たとえるなら、他人の2倍のプレッシャーを受けながら他人の2倍働いて、2倍の収入を得ているようなものだ。福利厚生なんかを考えると、大企業で働く方がよほど割が良い。しかしわたしは、今のところコンサルタントという職業を愛しているから、コンサルタントを続けているのである。

ただ、わたしは今、いわゆる大手のコンサルティングファームに属しているが、ここまでの使命感や自律心を持って働く人はほとんど見かけない。特に近年は団塊の世代の退職に伴ってコンサルティング業界も売り手市場であり、使命感や自律心どころか、自分で自分のモチベーションをコントロールすることすらできない人材が多い。特に30歳以下の若手は学歴のスペックは非常に高く、地頭も良いが、極限まで甘やかされており、この本を読んでも大半の人間は反動的・反時代的な本だとしか思わないだろう。

残念だね。

もちろんわたしは、本書で書かれている使命感と自律心を持って働き続けたいと思っている。

プロフェッショナルが守るべき掟

著者はもうひとつ重要な指摘として、プロフェッショナルの規範と価値基準についても整理している。これが前段で書いた「掟」である。

プロフェッショナルは、以下の5つを仕事の掟として働いている。

  1. クライアント・インタレスト・ファースト(顧客利益第一)
  2. アウトプット・オリエンティド(成果志向)
  3. クオリティ・コンシャス(品質追求)
  4. ヴァリュー・ベース(価値主義)
  5. センス・オブ・オーナーシップ(全権意識)

これも全く同意である。

そして大手のコンサルティングファームではもはや必ずしも守られていないというのも、上と同じだね。

わたしは100%実現できていないこともあるけれど、毎日これを胸に秘めて働いている。

少し補足しておくと、ヴァリュー・ベースというのは要するに「コストは問わない」ということだ。わたしは中年に差し掛かって以降、物理的な体力が落ちているので、馬車馬のように働き続けることは難しくなった。したがって生産性は常に意識しているし、やるべきことを厳選しようとしている(これは『イシューからはじめよ』で書かれていることだ)。しかし、クライアントのために必要な手間や費用を惜しむことは、あってはならないと今でも思っている。

まとめ

長くなったのでまとめよう。

本書は、全5章構成で、第1章でプロフェッショナルとは何かを解説し、第2章でプロフェッショナルが守るべき掟について解説している。つまり前半部分が本書の背骨なので詳しく書いた。

なお、第3章はプロフェッショナルが所属する組織の特徴、第4章はプロフェッショナルの日常、第5章はプロフェッショナル達へのメッセージが書かれている。

第1章と第2章は理想論のように感じた人がいるかもしれない。そして第3章以降でも、徒弟制みたいな話が出てきたり、上司の評価は絶対だという話が出るなど、今となっては反動的・反時代的な記載がいくつもある。営業活動は厳禁、成功報酬は厳禁、値引きは厳禁など、著者の言うプロフェッショナルの意味合いを深く理解しないと読み解けないような記載もある。しかし本書は「原論」である。時代におもねったものであってはならない。プロフェッショナルのベースは、やはりこの本の中こそにあるとわたしは今でも本気で思っている。反動的・反時代的、結構じゃないか。わたしは既に10回は読んだ本書を、これからも定期的に読み返すだろう。この本こそが、わたしにとってのプロ意識の原点であり原典なのだ。