角幡唯介『雪男は向こうからやって来た』

探検家の角幡唯介が、ヒマラヤ山中に住むという雪男の捜索プロジェクトに巻き込まれることになる。

ここで「巻き込まれる」と書いたのは、2008年という21世紀において、ネッシーやツチノコと並ぶ未確認生物(UMA)が存在するなどとは著者自身、信じてないからである。信じていないが、タイミング的に良かったから参加した。そしてその結果、現地でも雪男は与太話として扱われていることを知る。そんなものいるはずないじゃないかと。

まあ21世紀だからねえ。2008年。雪男捜索中にリーマン・ショックが起きているのである。

繰り返すが角幡唯介自身、雪男の存在を信じていない。現地の人々も雪男の存在を信じていない。しかし日本だけでなく、世界の著名な探検家が何人も雪男らしき生物と遭遇したり、雪男らしき足跡を見つけたりしている。雪男捜索プロジェクトのメンバーも温度感は違えど「何か」はいると思っている。そりゃそうだ、偽造でない明確な生物としての足跡があるのだから。わたしも「何か」はいると思う。

角幡唯介は振り回され、そして突き動かされるように情熱を燃やす人たちに影響されていく。

雪男捜索プロジェクトの「今」と、雪男に振り回された者たちの「過去」を、あえて交錯させるような形で書き進めている構成なのも、非常に面白いというか、読んでいて時系列が良い意味で混乱するような感覚になる。特に惹かれたのは、鈴木紀夫という男の雪男への執念だ。鈴木紀夫は、戦争終結を信じず1974年まで29年間も抗戦を続けた小野田寛郎を発見した者として知られる。しかし鈴木紀夫にはそれが重荷だったらしく、雪男を見つけることで自分の人生を取り戻そうとしていたそうだ。したがって計6回もヒマラヤの奥地まで雪男捜索に赴き、6回目の捜索で雪崩に巻き込まれ死亡したとされる。