インキュベ日記ベストセレクション2020

1年間の振り返りとして、2020年に読んだ本の中から特に印象深かったものを取り上げてみたい。

宇田川元一『他者と働く 「わかりあえなさ」から始める組織論』

今年の極私的ベストは間違いなく本書だ。わたしの魂を揺さぶる渾身の一冊である。

これは組織論でもあり、実践的な企業のカウンセリングアプローチでもある。

著者は、研究者としてのキャリアを歩む中で、批判的経営研究(critical management studies)と呼ばれる分野に出会い、そしてそこで得た問題意識を乗り越えようと足掻く中でガーゲン、ガーゲンの唱える社会構成主義(social constructionism)、社会構成主義に基づくナラティヴ・アプローチと出会う。

 現実は社会的に構成されている、社会の中身は会話である、だから、私たちは何を語るのかによって、現実を本当に少しずつだけれど、変えていくことができるかもしれない。その思いから、ナラティヴ・アプローチを経営の実践の場において、展開できる方法を模索するようになりました。

詳細は以下の感想、そして本書そのものを手に取ってほしい。大推薦。

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菅浩江『不見の月 博物館惑星Ⅱ』

地球の衛星軌道上に浮かぶアフロディーテと呼ばれる巨大な博物館を舞台としたSF。

『永遠の森 博物館惑星』という20回は読み返した極私的な大傑作SFの続編なのだが、まさか続編が出るとは思っていなかった。

さらに嬉しいことに、実は『歓喜の歌 博物館惑星Ⅲ』という本書の更なる続編も出ているが、忙しくて読了が間に合わなかった。来年の楽しみのひとつだね。

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オースン・スコット・カード『エンダーのゲーム〔新訳版〕』『死者の代弁者〔新訳版〕』

昔からある作品で存在だけは知っていたのだが、同僚に推薦されて読み始めたところ猛烈にハマった。

非常に壮大なスケールのSFなのだが、驚くことに欧米では児童書の扱いらしい。これを読める欧米の子供は凄いな。

なお本書はシリーズ物であり、未邦訳の作品も多いが、『ゼノサイド』や『エンダーの子どもたち』など日本語版でも幾つかの続編がまだ読める。『エンダーのゲーム〔新訳版〕』と『死者の代弁者〔新訳版〕』ほど面白くないという噂もあって優先度は下げていたが、来年は読もうと思う。

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神坂一『スレイヤーズ 17. 遙かなる帰路』

スレイヤーズの実質的な第三部がついに始まってしまった。ファンを続けていれば良いこともある。早く続きを!

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カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』

キャシーという名の女性が、自分の少女時代を回想するという建て付けの小説。

純文学的な位置づけをされているようだが、SF的なギミックもあって凄く良かった。他の作品も読みたいと思って買っているので、来年は読もう。

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村上春樹+柴田元幸『本当の翻訳の話をしよう』『猫を棄てる 父親について語るとき』

村上春樹好きとしては、『猫を棄てる 父親について語るとき』が衝撃的。村上春樹は父親についてほとんど語ってこなかったからである。

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米澤穂信『巴里マカロンの謎』

〈小市民〉シリーズの11年ぶりの最新作。ここまで来たら完結まで突っ走ってほしいよね。

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今野敏『清明 隠蔽捜査8』

頭が固いんだか柔らかいんだかよくわからない主人公が、独特の倫理観で組織の壁をブチ壊しながら事件を解決していく異色の警察小説。

これも続きが楽しみで仕方ない。

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高榮郁『トークンエコノミービジネスの教科書』

必要に迫られて読んだ本だが、よくまとまっていてわかりやすい。

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村上龍『MISSING 失われているもの』

ボーイ・ミーツ・ガールならぬ、村上龍・ミーツ・村上春樹って印象の本。良くも悪くも村上龍らしくない。問題作だね。

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中野剛志『目からウロコが落ちる奇跡の経済教室【基礎知識編】』『全国民が読んだら歴史が変わる奇跡の経済教室【戦略編】』

  • デフレとは需要不足/供給過剰により引き起こされる、物価が下がり続ける=貨幣価値が上がり続ける現象である。デフレ下では先行きに不安を覚え、仮に浮いたお金があっても消費・投資に回さず貯蓄に回すため、経済は成長しなくなる。
  • デフレ下で、個人や企業が消費や投資を手控えて貯蓄に励むのは、経済合理的な行動である。したがってデフレを脱却するには、財政支出拡大・金融緩和・減税などによる需要喚起を政府が責任を持って行うことが必要である。
  • 平成の日本経済が成長しなくなった最大の理由はデフレであり、デフレを脱却できないのは、日本政府がデフレ下においてデフレ対策を行わず、インフレ対策(財政支出削減・消費増税・規制緩和・自由化・民営化・グローバル化など)を行ってきたからである。

上記のそれぞれは素人目には至って「普通のこと」に思えるのだが、現実はそうなっていないから、政治家や経済学者は驚きを持って(反感を持って)受け止めたようだ。極論だと思ったのかな。

なお、著者は現代貨幣理論(MMT)の考えに立脚しているのだが、著者によれば、難解と思われているMMTの要諦は(貨幣について正しい理解をしてさえいれば)シンプルである。

 MMTは、「自国通貨を発行する政府はデフォルトに陥ることはあり得ないから、高インフレにならない限り、財政赤字を拡大しても問題ない」という単純明快な理論です。
 日本は自国通貨(円)を発行し、国債をすべて円建てで発行していますから、デフォルトすることはあり得ません。
 しかも、高インフレどころか、その反対のデフレです。
 したがって、MMTによれば、日本は、何の心配もなく、財政赤字を拡大できるというわけです。

上記を踏まえつつ、この2冊をあえて1文で要約すると「自国通貨を発行する政府がデフォルトに陥ることはあり得ず、したがってハイパーインフレになることもあり得ないのに、日本政府はハイパーインフレを異様に恐れ、デフレ対策すべき局面でインフレ対策をしている」という批判ないし主張になるのだろうか。わたしは文字通り目からウロコが落ちた。

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